2025年06月23日
都合よく書き換えられる世界観とベンチャーキャピタル
ソン・リュンス
週末、運用資産額で世界最大級のベンチャーキャピタルの一つであるa16zが、「AIですべてをチートせよ」というスローガンで話題となったコーディング面接の不正サービスを提供するスタートアップ、Cluelyの1,500万ドル規模の資金調達ラウンドを主導したという報道がなされた。
投資を主導したパートナーは、「Cluelyは意図的な戦略を通じてブランド認知度を向上させた」とし、「意味のあるサブスクリプション収益を得るための足がかりだ」と説明した。
Cluelyの共同創業者兼CEOであるRoy Leeは、「我々の究極の目標は関心を引くことにある」と述べ、人々の労働文化がますますカジュアルに変化しており、テレビのような伝統的なメディアよりも、「今や人々の注目を集めるためには『脳が腐る(brain rot)』ような刺激的なコンテンツ」だけが広告効果を持つと主張した。
彼は、Cluelyの正規従業員数は数えるほどだが、60人以上のインターンを採用しており、そのほとんどが数億人の関心を引くための刺激的なコンテンツを作成することに集中していると明らかにした。
私はCluelyのCEO、Roy Leeの動向を最初に知った瞬間から注視していたが(韓国のスタートアップメディアであるEOでのインタビューも受けていたようだ)、彼の行動に対する判断は保留していた。長く事業を営んでいると、善悪をはじめとする様々な判断を性急に下すのは良くないという考えが定着しているのかもしれない。そんな中、米国のベンチャーキャピタリストであるKyle Harrisonが書いた記事が目に留まったため、翻訳と共に私の考えを付け加えてみたい。
私は以前、このような記事を書いたことがある。我々は一度に一つのことしか考えられないということだ。どんなに速く動こうとしても、どんなに多くのコンテンツを消費しようとしても、どんなに多くの資本を運用しようとしても――一度に複数のことを考えることはできない。
時には、個々の選択の一つひとつがあまりに些細に感じられ、大した意味がないように見えることもある。YouTubeの動画をもう一本見たところでどうなる? ドーナツをもう一つ食べたからといって何が変わるのか? 恋人にまた一度カッとなって何か言ったところで、何の違いがあるだろうか? レッドフラッグ(警告サイン)だらけの創業者にもう一度投資したからといって、大事になるだろうか?
しかし、以前私がこのような話をした際、こう記した。「あなたという人間は、あなたがとるすべての行動、思考、聞くこと、書くこと、話すことの総和である」
一日中無我夢中で動けば、あなたは一日に非常に多くの仕事をこなすことができる。集中したり立ち止まったりしなければ、「行為の量」自体は普通の人の10倍にもなり得る。そうであればあるほど、個々の行動の一つひとつはさらに取るに足らないものに感じられ始める。
ベンチャーキャピタルも同じだ。運用すべき資金の規模が大きければ大きいほど、投資案件の一つひとつは全体的な観点からはそれほど重要ではないように見えてくる。
私はこれを「代替可能な思考様式(fungible mindset)」と呼んでいる。より多くの行動をとればとるほど、個々の行動は代替可能になり、それに伴う影響はより気に留められなくなる。
しかし、代替可能な思考様式は、結局のところ代替可能な世界観へとつながる。
注目中毒者
私が今このような考えに至ったきっかけは、Cluelyというスタートアップがa16zから1,500万ドル規模のシリーズA投資を受けた後にオンライン上で巻き起こった反応だ。一見すると平凡な投資ニュースのように見えるかもしれない。しかし、この「論争」は非常に精巧に設計されたプロダクトなのだ。
まず、Cluelyは「すべてにチートを」というスローガンでローンチした。ウェブサイトは一見すると平凡なAIツールに見える。「あなたが見るものを見て、聞くものを聞くが、誰にも気づかれない」ように動作する。Zoom会議をこっそり録画し、画面上の文脈を読み取り、ローンチ動画ではこの機能がメガネに搭載され、「移動中でもチート」を可能にする様子を見せている。
CEOであるロイ・リー(Roy Lee)は、最初から物議を醸すことを狙っていた。彼はコロンビア大学でソフトウェアエンジニアのコーディング面接を「カンニング」するためのツールを作り、退学処分になった人物だ。
その後は投資金で旅行し、高級スーツを仕立て、Y Combinatorのアフターパーティーを開いて警察沙汰にし、コンテンツ制作のためにインターン50人を雇用し、さらにはオフィスにストリッパーを呼んだ。
Cluely側の主張はこうだ。「現代経済において、注目はすなわち金である」。何をしようが、どれほど狂ったことであろうが、注目さえ集めればいいという論理だ。
ロイもまた、「我々が不正のための会社を作っていると信じる人は一人もいない」と抗弁する。資金調達の動画で彼は、「今日は不正(チート)かもしれないが、明日は公平(フェア)になるかもしれない」と語った。AIが不正なのかという論争を正面から利用しているわけだ。他のAI企業が「人間を補助するもの」だと説明して保身に走る中、Cluelyはこう言う。
「ああ、チートさ。今はね。」
もちろん、「注目通貨」は結局使ってこそ価値が生まれる。Cluelyは実際にその注目を収益に変えたという。ロイの言葉によれば:
「私が今締結した企業契約はすべて私のTwitterのおかげだ。人々が私の投稿を見て面白いと思ったから起きたことだ。私がただ平凡に『半透明のガラススクリーン』でもアップして宣伝していたら、こんな契約はなかっただろう。単にAIセールスコールをするだけの会社だったら、誰も関心を持たなかったはずだ。私はリスクを冒し、賛否両論の反応を受け入れ、それを楽しんだからこそ、こうした結果が出たのだ。」
そして投資家たちもこの戦略を支持している。a16zのシリーズAを主導したブライアン・キムはこう述べた。「多くの人は単なる『ショー』だと思っているが、彼は実際にそれを収益に変えている」。驚くことではない。a16zの最近の動きをしっかり見ている人ならなおさらだ。
正統派a16z
私の最も読まれた記事の一つは、a16zを「イノベーションのブラックストーン(Blackstone of Innovation)」、あるいは「資本の集積者(Capital Agglomerator)」と描写したものだ。こうしたトレンドを説明できるVCは多いが、その進化の真髄を最もよく示しているのは、間違いなくa16zだ。
規模とスピード
a16zは一種の企業型ベンチャーキャピタルだ。Intel CapitalやPayPal Venturesのように企業に属するファンドではなく、それ自体が一つの企業のように運営されるベンチャーキャピタルという意味である。運用資産は少なくとも560億ドル以上で、従業員数は500人を超える。これが企業でなければ、一体何だと言うのだろうか?
私はこれまで、a16zのようなファンドがもはや「伝統的なベンチャーリターン(10倍の収益、20%のIRR)」を追求していないという話を何度もしてきた。金儲けをしたくないという意味ではなく、もはやそのようなリターンが彼らのビジネスモデルの核心ではないという意味だ。このテーマについては、「Unholy Trinity of Venture Capital(ベンチャーキャピタルの邪悪な三位一体)」という記事で詳しく論じた。
重要なのは、a16zがベンチャーキャピタルの新たな精神、すなわち「規模とスピード」を体現しているということだ。より大きなファンド、より多くの人員、より多くの投資。そして必ず勝者に投資しなければならない。そのため、同じ分野の複数の競合他社に同時に投資することさえ厭わない。例:OpenAI、xAI、Thinking Machines、Mistral、SSIといった「基盤モデル」企業への重複投資の事例がそれだ。
前述した「代替可能な世界観」は、こうした規模とスピードの追求から生まれるものだ。
2022年8月、私が執筆した「The Rise of The Cash Man」では、a16zが当時、アダム・ニューマン(WeWork創業者)の新会社Flowに対して、過去最大規模の投資を行ったことを明らかにした。
当時、マーク・アンドリーセン(a16z創業者)は「今こそ建設すべき時だ(It's time to build)」と述べ、住宅供給問題を批判したが、いざ自分が住む地域での新規住宅開発は阻止しようとした。a16zはFlowに投資する際、「不合理な住宅市場に狙いを定めた解決策」だと主張したが、その解決策として提示されたのは「海水プールと愛犬専用の公園」だった。
我々はもっと建設しなければならない。だが、私の近所ではダメだ。住宅危機は解決しなければならない。富裕層向けのプールとペットサービスを備えた家で。
Flowは不動産業という特性上、極めて資本集約的な事業であり、a16zは数年ごとに50億ドル以上のファンドを新たに組成しなければならない。一言で言えば、a16zは巨額の資金を受け止める産業を必要としており、両者の利害関係が一致したということだ。
2025年6月、a16zはFlowがサウジアラビアに進出したと発表し、「この流れは米国を超えて拡大している」と述べた。これは、a16zとアダム・ニューマンが公然とサウジアラビアの資金を誘致しようとしていた動きと正確に符合する。一方で、a16zの「American Dynamism(アメリカン・ダイナミズム)」哲学は、米国の自主性と安全保障を強調している。
では、彼らは住宅危機についてどう考えているのか? 中東資本をどう見ているのか? それは不明だ。ただ一つ明らかなことがある。それは規模とスピードへの執着だ。
いつでも、無条件に勝つこと
私は大手VCとそれ以外の市場の二極化について頻繁に書きながらも、大手VCの戦略を直接的に批判したことはない。なぜなら、彼らは全く異なるゲームをプレイしているからだ。
そして、a16zはそのゲームを恐ろしいほど上手くプレイしている。
彼らが「集中」より「規模」を追求しようと、「選別」より「包括的なエクスポージャー」を追求しようと、あるいは表面的には哲学が相反する企業群に投資しようと、それは彼らの戦略なのだ。
しかし、そのような哲学的柔軟性が、ある人々にとっては混乱の種となることもある。
代替可能な世界観の影響
a16zは「American Dynamism(アメリカのダイナミズム)」というスローガンを掲げ、防衛産業や製造業全般を投資カテゴリーとして確立した。実際、この分野で彼らは多くの成果を上げており、産業を変革しうる企業をポートフォリオに保有している。
しかし、この分野の多くの創業者は、a16zとは相反する世界観を持っている。彼らは極めて具体的で確固たる未来像を抱いている人々だ。
例えば、RainmakerのCEOであるオーガスタス・ドリコは、人工降雨技術によって干ばつや農作物の不作を解決しようとしている。彼の世界観は非常に明確だ。
こうした人物こそ「American Dynamism」という哲学が持つ理念的な真剣さを共有しているはずだが、当のa16zはCluelyのような企業に投資した。彼は世界観が揺らぐのを感じたかのように、こう反応した。
「心底がっかりだ。」
これと似たような反応が相次いだ。「その1,500万ドルがあればCNC工作機械を何台買えるか、米国の製造業をどれだけ回復させられるか、どれだけの病気を治療できるか」という声だ。
手段と目的
私もCluelyという会社について小耳に挟んだときは、ただ不快でくだらないと思っていた。しかし、今回の記事を執筆する過程でその戦略を理解するようになった。彼らに対する論争をマーケティング手段として活用し、「アテンション・カレンシー(注目の通貨)」を生み出し、それを収益に転換する手法だ。理論的には理にかなっている。昨今は注目を集めることと流通(ディストリビューション)が何よりも難しい時代だからだ。
しかし、私が真に問題視しているのは、ロイ・リーの「世界観」だ。
彼はインタビューでイーロン・マスクに言及し、こう語った。
「イーロン・マスクは世界で最も物議を醸す人物だが、誰もが彼を仰ぎ見ている。彼は間違いなく成功した。ある一定以上の成功を収めれば、論争はもはやリスクではなくなるのだ。」
インタビュアーが反論する。
「彼は懸命に働いて成功したじゃないですか。物議を醸したことは成功の原因ではなく、結果でしょう」
しかし、ロイはこう主張する。
「今のイーロンと20歳の時のイーロンは大きく違わない。ただ今はマーケティングを公にできる立場になったというだけで、私は今から非常に公然とやっているというだけだ」
彼はマスクが物議を醸すことで成功したかのように見ているが、私から見ればマスクは第一原理思考(first principles thinking)から始めた人物だ。彼の考えが大衆的な抵抗にぶつかったり議論になったりしても、それは本質ではない。彼は本質的に正しい方向から始めようとし、論争は後からついてきたものだ。
ロイ・リーの論争活用戦略は、まるでMrBeastがYouTubeでチョコレートを売るのと似ている。
「チョコレートが好きかって? 誰が気にするもんか。売れさえすればいいんだ」
「カンニングツールを作ることに情熱を持っているかって? 人々が買うなら喜んで!」
物議を醸すことはマーケティング手段になり得る。しかし、それが長期的に持続するためには、同時に正しくなければならない。ロイ自身もこう言っている。
「すべての偉大な人物には、論争に直面した瞬間がある。失敗すればSBFになり、成功すればイーロン・マスクやサム・アルトマンになる。結局、多くの注目を集める人は半分の敵と半分のファンを持つことになる。重要なのは、あまりにも多くの人を怒らせる前に、軌道に乗る(escape velocity)ことに成功するかどうかだ。」
しかし、論争そのものは長期戦略ではない。マーティン・シュクレリ(米国の投資家であり金融詐欺師)になりたいのでない限りは。
あなたの世界観とは何か?
ロイ・リーやa16zのような人々にとっては、結果さえ良ければ手段は関係ない。注目を集めさえすれば、売上が立ちさえすれば、投資金が入りさえすれば、成功しさえすればいいのだ。
問いはこれだ。
それが、あなたの世界観なのか?
結果だけを見れば、当然納得しやすくなる。0ドルより500億ドルのほうがいいし、売上がないよりはあるほうがいい。
ロイはより高い売上を求めてオフィスにストリッパーを呼んだ。a16zは500億ドルを求めてサウジの資金を受け入れる。それは彼らの自由だ。ここで私がその手段の是非を判断しようとしているわけではない。
しかし、この「代替可能な世界観」が徐々に広まることで生じる問題は、人々が次第に何ものをも代弁しなくなるという点だ。
結果として、私たちは何かが正しいからという理由で行動しなくなる。 私たちは、それがもたらす結果のために行動するのだ。時には正しくないと知りながらも、結果がより良いものになると信じているからこそ、そう振る舞うのである。
そしてさらに、こう信じるようになる。
「とにかく多くのことを素早く実行すれば、悪いことは埋もれて消えてしまうだろう。」
私はこうした手段について裁こうとしているのではない。ただ、この言葉を改めて想起させたいのだ。
「あなたという人間は、あなたがとるすべての行動、思考、聞くこと、書くこと、話すことの総和である。」
人生とは、あなたの行動の累積だ。あなたが下す一瞬一瞬の選択は、あなたの魂に痕跡を残す。だからこそ、賢明な選択をすべきだ。
正道を歩むということ
ビジネスを経験した人ならわかるだろうが、売上を作り利益を出すために「グレーゾーン」に足を踏み入れることは、少し手を伸ばせば届くほど容易であり、苦しい時には非常に甘い誘惑のように感じられるものだ。
私たちが営む投資関連ビジネスにおいては、特にその傾向が強い。ソーシャルメディアのフォロワーに対し、短期間で大きな収益を上げられるという「秘伝書」や講義を数百万ウォンから数千万ウォンで販売し、数百億ウォンの累積売上を上げたインフルエンサーもいれば、ChatGPTが量産したかのような財テク関連書籍やYouTubeチャンネルを通じて得た知名度を基に、年間数十億ウォンの講義収入を得ている者もいる。
合理的な外部の観察者から見れば、そのような人物の実力はいずれ露呈し、没落の道をたどるだろうと考えがちだが、彼らの生命力は想像以上にしぶとく、その賞味期限は長い。もし売上の増大が究極の目的であるならば、法外な講義料を設定し、最もお金に困っている人々に「短期間で金持ちになれる」という幻想を植え付けることこそが、最適な営業戦略となるだろう。
長期間この業界に従事してきた人々の証言によれば、月額数百万ウォンもする高額な株式投資助言チャットの主な顧客層は、資産や所得が多い人々ではなく、むしろ資産や所得がほとんどない、あるいは借金を抱えた若年層だという。顧客はそもそも長期的なアプローチを取らないため、最小限の期間で最大の売上を引き出すために、非合理的な価格設定が行われているのである。
このような構造を持つ企業は、顧客を失い続けるため持続不可能だと考えられるかもしれない。しかし、彼らもまた、失う顧客よりも多くの顧客を獲得するために攻撃的な営業組織を構築し、長年のノウハウを活かして短期間で巨額の売上を生み出している。
このように現実と妥協する代償として生み出した大きな売上で、初期に企業の基礎体力を固め、後に持続可能な事業構造へと転換するという選択肢も当然存在する。
問題は、そのようなケースが極めて稀であるということだ。慣性は質量に比例して増加するため、すでに肥大化した組織において、その方向や速度を変えることは非常に困難である。既存のやり方に慣れ親しんだメンバーは変化を拒み、経営陣は本来の目標などとうの昔に忘却の彼方にある。
「麻薬に手を出したことがない人はいても、一度だけ手を出したという人はいない」という言葉があるように、わずかな努力で大きな報酬を得るようになれば、それに依存してしまうのは脳の自然な報酬メカニズムであり、人間の本能である。
ロイ・リーCEOやa16zに対して、道徳的な物差しを当てようとは思わない。しかし、もし私に500ウォンを賭けろと言うならば、Cluelyの戦略的転換は先送りされるか、常に「もう少し成長してから」行われるという方に賭けるだろう。
私たちは最初からよく考えなければならない。今日実行する私の意図的な戦略は、明日の私を規定する思考様式として定着するのだ。
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